エスガロスの水瓶
Maribrengaëlです。
「ニューカレドニア行きのチケット、取れなかった!」大手航空会社に勤務する友人Hが、会社にメールをくれたのは、200X年の春のこと。何年かは思い出せません。ただ私たちは、春分の日と週末を利用して、さくっと海外に行こうとしていました。友人Hの勤める会社が突如として社員向けに発売する航空券+ホテルのプランがあってよく利用していたのです。その前に、カナダのイエローナイフでオーロラを見る、というプランは即ソールドアウト。その次に目をつけた、ニューカレドニアにほぼ心は決まっていました。出発日まで、あと5日。予想を上回る応募があり…とのことで友人Hとやり取りを始めたところ、スカイプで友人Mからチャット着信がありました。そして、状況を伝えると「それなら上海にくればいいのに!」と。速攻Hに伝えると、「ちょうど羽田⇔上海間の社員向けプランがリリースされてる」とのことで即決しました。
ちょっとした旅行も、やっぱり導かれる、導かれない、ということがあります。その当時の私たちは、イエローナイフとニューカレドニアに振られ、二人とも特に行きたいとも話してなかった上海に行くことになりました。もちろん、友人Mが住んでいることが後押しになったのですが、それもそのはず、この旅行では色々なことがありすぎました。そのエピソードは書ききれないのと、とても書けないものがあり(笑)割愛しますが、そのなかからひとつだけ。上海郊外の水郷の街、東洋のベニスとも言われる「朱家角(ジュージャージャオ)」に行った時の話です。
上海からは郊外行のバスターミナルから片道約50分。春と言ってもとても寒いどんよりした曇りの日でした。バスの中も寒く、到着した頃には足先まで冷えきって、とても観光♡というモードではなくなっていました。街に到着すると小雨が降っていて、要塞のように石畳の小道が入り組み水路が張り巡らされたその街は、不気味ささえ醸し出していました。(すみません…)映画「ホビット~竜に奪われた王国~」を観たことのある方ならわかりると思いますが、湖の町エスガロスに似ています。旅行ブログで見るその街はとても魅力的だったのですが、私たちが行った日は悪天候もあり、なぜか観光バスも来ていなかったので静まり返って逆に異様な雰囲気でした。観光客目当てのカフェやお土産屋さんはあるものの、要塞(失礼)には住居もあるので、引き戸の隙間から謎のおじいさんがこっちをコッソリと覗いていたり…。そんな時、金魚が入った袋を両手に持ったおばあさんが目の前に現れました。どうやら、「金魚を買え」と言っているようですが、「いらない」と言っても道を開けてくれず。仕方なく来た道を戻ると左の細い路地からいきなりまたそのおばあさんが現れ…私たちは絶叫しました。今思えば、小道が入り組んでいるので先回り出来る道を熟知していただけだと思いますが、私たちはびっくりしすぎて右の路地から逃げてしまいました。その路地には、大きな水瓶が置いてありました。青銅器色のその水瓶の中には、澄んだキレイな水と紅く動くものがチラチラ…。
水瓶座の話を書く時、いつもこの「水瓶」のことを思い出します。どうやら、この街には金魚を買って放生橋(明時代からある石橋)から放流すると幸せになれる、という迷信があったらしいのですが、水路の水は泥色で汚く、大きな灰色のカエルが口をあけて浮いているようなとても金魚を放流できるようなものではありませんでした。ただ、その水瓶の水はとてもキレイでした。底が見えるくらいに。
普通に水道から出てくる水も黄色く得たいの知れない臭いがついていたり、浄水しないと使えないなど信用のならない中国の水事情ですが、大昔の茶人は、水にたいそうこだわりがあったそうです。それこそ、超高級の水瓶に水を浄水すると言われる石をさらに入れて、自分の淹れたいお茶に合うように極めた水を造りだしていた人もいたそうです。
水瓶座は、自分の持っているきれいな水を、ここぞという時に使用します。それは自分のための時もあれば、誰かのためにという時もあります。今日は「水瓶座の満月(皆既月食)」という大きな節目で、私たちはそれぞれが持つ磨き上げられた水をどのように、何のために使うのでしょうか。
要塞のようなあの街のどこかに、今もあるのかはわかりませんが、旅の記憶の片隅になんとなく残った水瓶が、ずっと大きなイメージを与えてくれています。確か、帰りのバスは行きよりもさらに古いもので、私たち以外の人が、テレビから流れるカラオケ番組で大熱唱。すっかりその歌を覚えてしまいながら、上海で下車した時に、空には大きな満月があったと記憶しています。その時はもう水瓶のことはすっかり忘れていましたが。
Les Chronovoyageurs...
※ 日本時間7/28 5:21 に満月となります。
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