懐かしさの中の新しさ。
Naoyaです。
ふと気づいたら、突き刺すような夏特有の鋭い陽射しもまろやかになり、肌に纏わりつくような湿度の重さもなくなって、空気がカラッとした肌触りに。空の表情も夏と秋のふたつが混ざり合っていて、夏と秋の狭間を渡り歩いて生きていることを実感しています。安堵の翳りが所々で感じられる今日この頃です。
今日は二十四節気の14番目、処暑です。処暑とは暑さが和らいで収まるという意味。今日から乙女座のシーズンへ突入です。燃えるような暑い季節もどんどん落ち着いてきています。
この季節、街角の百日紅(さるすべり)の赤が印象的です。ちょっとピンクがかった花の色は、石楠花やブーゲンビリア、躑躅の色にも似ていながら、それらとも絶妙に違った紅に思えて、炎天下のバス停の傍で咲いているその花に目と心を奪われます。そこまで強烈に印象的ではないにせよ、自分の中での暦においては、欠かすことのできない花です。
僕は元々、人とつるんで行動しないし、特定の誰かとべったり親しくするわけでもなく、どこかのグループに属しているわけでもないので、孤独というものが自分のベースにあります。孤独というと、寂しいとか孤立しているとかネガティヴな印象を持つ人もいるかと思いますが、感度が研ぎ澄まされる状態だと思っているので、無駄に誰かとワイワイすることもあまりありません。今のような夏から秋へとクールダウンしていく時期は、夏の熱っぽさや高揚感が冷まされていくので、孤独な時間がより感度を研ぎ澄ましやすいと思っています。ひとりで映画を観たり音楽を聴いたり、本を読んでみたり散策してみたり。すっかり秋の夜長モードを先取りするかのような日々です。まぁ、夏の間も喧騒から離れて孤独な時間を過ごしているので、さほど変わりはしないのですが。
この夏は素晴らしいホラー映画が豊作で、ひとりで劇場に足を運んで新作をあれこれ観ていましたが、香港のウォン・カーウァイ監督の5作品が、4Kレストア版で劇場公開されるというのを知り、観に行こうと思いました。90年代のミニシアターブームのとき、続々と公開されていたウォン・カーウァイ監督の作品たちが、4Kレストアで画角も変更して上映されるのだそうです。夏の終わりから秋の始まりにかけて公開されるっていうのが、なんとも素晴らしいタイミング。ひとりの監督をコレクションのように新しいアートワークで一括りにして上映されるのって、ちょっとときめきます。ウォン・カーウァイ監督の作品はすべて観ていないので、いい機会だなと思ってます。当時フェイ・ウォンの音楽を、散々いろいろと聴いてたよなぁと思い出してみたり。久しぶりにサブスクで聴いてみたくなりました。
懐かしいものに触れたときの感動の深さって、やはり長く生きていれば生きているほど味わい深いものだと思います。長く生きた人にとっての特典。昔を思い出しつつ懐かしさ味わっていると新しい発見なんかもあって、今のものとしても楽しむことができます。そんなことに生きる喜びを感じています。
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